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◆社会福祉法人無量会 定款
◆平成27年度決算報告書
◆平成26年度決算報告書
●若杉保育園増改築工事入札結果
●若杉保育園 増改築工事入札公告(公告期間は11/16、12:00をもって終了しました。)
若杉保育園縁起むかしばなし ![]()
むかしむかしあるところに、若いお坊さんがいました。
時はこの国の敗戦直後、人々は貧しさにあえぎ、食べるものもなく、大変な時代でした。
大人はわが子にもかまう暇もなく働き、赤子の世話は年端もいかない兄姉がするのが当たり前でした。
「うちの子を面倒みる余裕はないけれど、危なっかしくてしょうがない。お寺で預って見てくれればいいのに」
そんな声もありましたが、お寺にもお金も食べ物もありません。
子ども達の様子を可哀想に思うものの、お坊さんは何もできないでいました。
ある夜、お坊さんが眠っていると、枕元に阿弥陀様が現れました。
阿弥陀様は言いました。
「極楽浄土で私の説法を聞き、心が清らかになった者たちを、
また衆生界に遣わせておるのは知っておろう。
その者達が生まれてすぐに亡くなって、また戻ってきてしまうものも多い。
また、幸いにして生きながらえても、親達にほったらかしにされるせいで、
私の教えを忘れて心がすさみ、悪事を働くようになっている。
私はそれが悲しくて仕方ない。
そなたも阿弥陀仏に仕える者ならば、
一等寺道場の一隅に幼子の浄土を建設すべく、菩薩行に尽力してみてはどうか。」
お坊さんは困ってしまいました。
「阿弥陀様、私にはそのような力はないのです。
ご存知のように、私は幼い頃に両親と死に別れ、親の愛を知らないのです。
今の子ども達が可哀想と思っても、どう接していいのか分からないのです。」
すると阿弥陀様は、お坊さんを産み落としてすぐ亡くなった母に姿を変えました。
「立派になられたあなたに会えて嬉しいです。
私も可愛い赤子のあなたを胸に抱いて、もっともっと柔らかな頬に触れていたかった。
大きくなっていく姿をそばで見ていたかった。
でも病魔はそんな願いも許してはくれなかった。
もしも私の願いを聞いてくれるなら、私への追善と思って、
私ができなかった分まで子らを慈しみ、育んでほしいのです。」
「でも。」
「あなたが愛情を知らないとは思いません。
親代わりとして今日まで育てたお師僧様、乳を与えてくれた方、皆の愛情の中であなたは育ちました。
何より、子らに必要な愛情とはすなわち慈悲なり。
仏に仕えるものとして慈悲の心で、子らの悲しみを自らの悲しみとして感じ、子らの喜びを自らの喜びとし、
より良い道に導いていくこと、それ即ち親の愛なり。そしてこれはそなた自身の利他行の修業にも他ならぬものぞ。」
母の姿はいつの間にかまた阿弥陀様に戻り、
そして気付けば誰もいない寝所で、お坊さんは涙を流しながら布団の上に座っていました。
それからお寺の空き部屋で、縁のある子ども達を1人また1人と、親の仕事が忙しい間だけ預りはじめ、
手が足りなくなった頃に縁のある世話好きな女性を先生として迎え入れて…
としていったのが、青葉幼稚園のはじまりです。
青葉幼稚園はのちに若杉保育園となりました。
若杉保育園はお坊さんの遺志を子、孫が引き継ぎ、
慈悲の心で子ども達を育むことを大切にしながら、
今日も笑顔の絶えない保育園であり続けています。